シゴトとワタシ~私のキャリアノート~第4回 「仕事で大切なのは“壁打ち理論”を念頭に置くこと」山下舞子さん
シゴトとワタシ~私のキャリアノート~第4回 「仕事で大切なのは“壁打ち理論”を念頭に置くこと」山下舞子さん

2018/01/18

シゴトとワタシ~私のキャリアノート~第4回 「仕事で大切なのは“壁打ち理論”を念頭に置くこと」山下舞子さん

女性の人生は大人になるほど選択だらけ。シゴトを続ける、続けない。結婚をする、しない。出産をする、しない。
そして、生き生きとシゴトを語る人をみると「今のシゴトはワタシに合っているのかな…」と考え転職する、しない。
そんな選択を繰り返しながら、今、笑顔でシゴトを続けている女性たちにインタビュー。

第4回目は株式会社 明治でチョコレートの商品開発をおこなう山下舞子さん。
目を惹くパッケージとカカオにこだわったスペシャリティチョコレート、明治『THE Chocolate』を開発し、爆発的ヒットとなりました。しかし、新卒で入社し、ここに辿り着くまではまさに紆余曲折!
企業の中で「自分がやりたいこと」を模索しながら形にした、山下さんのキャリアをうかがいました。

取材・文:中屋麻依子、撮影:曽我美芽
  • ■プロフィール

    山下舞子(やましたまいこ) 40歳

    株式会社 明治 菓子商品開発部 専任課長 スペシャリティチョコレート担当。

    長崎県出身。福岡県の大学院を卒業後、株式会社明治に入社。研究所で2年開発に携わり、その後、工場で生産ラインに1年半従事し、再び研究所に戻る。31歳のとき、本社の商品開発部に異動。『メルティキッス』『チョコレート効果』などの商品を開発。明治『THE Chocolate』をヒットに導く。入社して17年、チョコレート一筋。プライベートでは夫と2人暮らし。

  • ■研究所から工場、そして研究所を回り商品開発の現場を学んだ20代

  • ――山下さんが明治に入社を決めた理由からうかがいたいです。やはり、昔からチョコレートが好きだったとか?

  • まさにそれです(笑)。幼い頃からチョコレートが大好きで1日に板チョコを1枚食べてしまうぐらい。当時はメーカーを気にせず食べていたんですが、ふと気が付くと明治のチョコレートが多かったんです。大学では農芸化学を学んでいたので、就活の際は薬品関連企業と、食べることが好きだったので明治をはじめ、食品関連企業を受けていました。それで、明治から採用通知がきて「私が好きなチョコレートを作っている会社だからいいじゃん!」って。

  • ――大学生ってそんな感じですよね(笑)。入社後、最初の配属は?

  • 最初はキャンディの部署に配属になったんですが、半年でチョコレートの担当になりました。八王子の研究所でチョコレートの基礎研究に2年従事したあと、坂戸工場に異動になり、まさに青天の霹靂でした。

  • ――研究所から工場への異動はあまり前例がなかったのでしょうか?

  • なかったです。当時、私の代が女性で初めて技術系総合職の採用だったので、会社としてもチャレンジだったのだと思います。きっと、異動の理由として、研究所がやっていることは“絵に描いた餅”だと。理想だけで開発をしていても、実際に生産ラインへどう落とし込んでいくかを自分の目で確認しないと開発はできない。だから現場で学びなさい、ということです。ただ、これまで前例がなかったので、異動が発表されたときはどよめきが起こったほど(笑)。ただ、私自身はまだ26歳と若かったので、そんなに気にしていませんでした。

  • 工場勤務になった初日、上司から「山下さんは日本に初めて来たパンダのような存在だ」と例えられて、本当に珍しいことなんだなと笑ってしまったのを覚えています。そして、圧倒的に男性が多い現場だったので、少し面食らってしまいました。

  • ――男社会である工場の仕事はどうだったんでしょうか。

  • とにかくみんなの輪の中に入ることを実践しました。たとえば、休憩時間に喫煙室に集まっている姿を見れば、タバコを吸わない私はお茶を片手に図々しく仲間に入ったり、力仕事でも一生懸命やったり。それで運べない量のチョコレートをこぼしてしまい怒られる…なんてこともありましたが。

  • ――女性があまりいない中で、孤独や不安はありませんでしたか?

  • ありました。同世代の女性がいないのはやはり寂しかったし、九州から上京して入社したので友達も少ないし。孤独を感じることはありましたが、楽観的な性格でもあるので「今は苦労しても、あとで見返してやる!」ぐらいの気持ちで働いていました。それに、大変なだけでなく、学ぶことや刺激になることも多かったので、嫌ではなかったです。

  • 工場で1年半勤務した後、その知見を生かすよう研究所に戻ることになったのですが、送別会の際にみなさんから工具箱をもらって。この工具箱は一人前と認められるともらえるものなんです。これは本当に嬉しかったですね。

■20代よりさらに激動だった30代前半。弱音は吐くけど逃げなかった

  • ――山下さんの頑張りが認められたいい話です! それにしても激動の20代ですね。

  • いや、30代のほうが激動です(笑)。31歳で商品開発部に異動となり本社勤務になってからのほうが大変でした。メーカーの商品開発部と聞くと花形に聞こえますが、内情は真逆。企画した商品を研究所と相談しながら形にして、ライン導入の設備を工場と詰め、デザイナーとパッケージデザインをオリエンし、販売や戦略をマーケティング部や営業部と価格も含めて相談する。多岐にわたる部署と話し合いながら、商品を完成させるまでコーディネートしていく仕事です。各部署からの指摘や、時にお怒りを受けながらも進めていくので、やることは膨大。頭は常にパンク状態です。

  • ――商品開発部に異動して、さまざまなチョコレートの開発に携わったそうですが、やはり一番、大変だったのは明治『THE Chocolate』ですか?

  • 間違いないです(笑)。発端は「明治のチョコレートといえば子どものおやつ」というイメージを覆し、嗜好品の領域まで引き上げる本格的なスペシャリティチョコレートを作ろうという思いから。実際に初代明治『THE Chocolate』も開発し販売したのですが、思ったような売上が残せず、ゼロベースから作り直すプロジェクトを立ち上げました。

  • ――いろいろな苦労があったと思いますが、何が一番大変でしたか?

  • 自分の中では「こういうチョコレートが作りたい」という思いははっきりあるのですが、それを具現化し、各部署の人たちに共感してもらうことは本当に大変でした。日付が変わるまで膨大な提案資料をつくり、翌日に会議に出して、厳しい指摘を受けて、また資料を作り直すことの繰り返し。やりたいことを貫くのはしんどい…と心折れそうになる日々でした。

  • ――それでも心は折れずに最後まで駆け抜けたんですね。

  • 「やめたい」「逃げたい」としょっちゅう思っていましたし、口にも出していました。これがよかったのかもしれません。私は基本、ダメな人間なのでダメなところは周りにわかってもらったほうがラクなので。でも、上司から言われたのは「山下さんは逃げないね」という言葉。弱音は吐くけど、やるべきことからは逃げませんでした。

  • ――弱音が吐ける環境をつくることも、働くうえでは大切だと思います。そんな苦労を重ね、2016年にリニューアルした明治『THE Chocolate』は爆発的ヒットを記録しました。産みの喜びはもちろんだと思いますが、山下さんが仕事を楽しいと思うときはどんなときですか。

  • この仕事はやっぱり大変ですし、正直キツイことも多々あります。でも、その反面、幸せな仕事をさせてもらっているなとも思うんです。企業だからこそ、たくさんの人がいてスムーズに物事が進まないこともあるけれど、反面、多くのお客様に自分が思い描いたものを商品として届けて接点を持つことができる。少し大げさかもしれませんが、世の中を変えるチャンスをもらっている気がするんです。

■アイデアはひらめきでなく、日常の積み重ね

  • ――世の中を変えるような商品のアイデアがどこから湧くのか知りたいです。

  • アイデアは、いきなりポンとひらめくのではなく日々の積み重ねだと思います。ぼんやりと溜めていたアイデアのパーツが私の場合は、シャワーを浴びているときにパパッと組み合わさる瞬間があって「これだ!」と思い浮かぶことが多いです。日々の生活や仕事で気が付いたことをノートに書き留めて振り返ることもありますね。

  • ――日々の積み重ねこそがアイデアになっていくんですね。山下さんは入社して17年経っていますが、これまでに転職を考えたことはないですか?

  • それがないんですよ。同期で独立した人もいるので、独立を勧められることもあったのですが、自分の性格上、向いていないと思っていて。自分が表に立つより、企業の中で、人と人をつなぐ橋渡しをするほうが向いているなと。

■30代後半は不必要な負荷を自分にかけない働き方にスイッチ

  • ――だからこそ、商品開発の仕事が合っているんですね。今度はプライベートなお話をうかがいたいのですが、ご結婚はいつ頃に?

  • 29歳です。私が商品開発に異動してからは、すれ違いが増えて一緒に住んでいるのに顔もまともに見てない状態。夫からは「居候みたいだね」と言われるぐらいの結婚生活でした。

  • ――新婚なのに居候とは!(笑)。仕事の話をパートナーにしたりしますか?

  • あまりしないですね。ただ、私が疲れているときや愚痴を言いたいときは付き合ってくれるので心の安定になっています。

  • ――30代後半から40歳を迎える頃、ライフスタイルや仕事に対して悩むことはありましたか?

  • 悩むというより、意識的に働き方を変えるようにしました。それまでは商品を開発することに忙殺されていて「なぜ、この商品が必要なのか」「会社にとってこの商品はどんな意味を持つのか」ということを考えずに突っ走っていた気がします。40歳を前にすると物理的に体力も落ちますし、社内での立ち位置も変わり後輩が増えてきます。いつまでも自分が目先のことをがむしゃらにこなすのではなくて、戦略的に動くようスイッチを切り替えて、自分に不必要な負荷をかけないようにしました。

■仕事はひとりではできない。だから信頼残高を増やすことが大切

  • ――スイッチの切り替えは重要ですよね。20代と40代で同じ働き方をするなんて無理な話ですから。今、山下さんが仕事をするうえで大切にしていることがあったら教えてほしいです。

  • 信頼残高を増やすことです。女性が結婚、出産、退職、復職など人生と仕事の岐路に立ったとき必要なのは周囲からの信頼なのではないかと思います。仕事に対する姿勢や人への接し方など信頼の残高を増やしていければ、自分に何かあったときに手を差し伸べてもらえるので。仕事はひとりではできませんから、周りの協力を得られるように自分が動くことは大切にしています。実はこの考えは高校生ぐらいから変わってないんですよ。

  • ――高校生のときから信頼残高を考えていたんですか!

  • 高校時代、バレーボール部だったんですけど、自主練習で壁打ちをしているときに気が付きました。自分の打ち方が悪いとボールはあらぬ方向にいってしまうけれど、打ち方がいいときちんと自分の元に戻ってくる。これは人と接するときも同じだなと。自分が攻撃的な接し方をすれば相手も攻撃的になるし、真面目に接すれば同じ反応が返ってくる。これを「壁打ち理論」と勝手に名付けて、実践してきました。

  • ――高校生で壁打ち理論に辿り着く人はなかなかいませんよ! すごく成熟した子どもだったんでしょうね。最後にこれからの自分の生き方の理想像を教えてください。

  • 定年まではいきいきと仕事をしていたいですね。でも、これからはお給料をもらうために働くというより、自己実現を重視したい。仕事を通じて世の中に何かを発信することにチャレンジしたいです。定年退職後は、田舎に移住して家庭菜園をやる! これが私の理想像です。

  • ■ワタシの仕事道具

    スマートフォンと名刺入れ。スマートフォンのカバーは明治『THE Chocolate』の限定デザイン柄。名刺入れもなんとチョコレート! 『CHOCOLATAN』というチョコレートデザインの革製品を手掛けているブランドだそう。小物までにも山下さんのチョコレート愛がつまっている。

  • ■ワタシとシゴト年表

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