シゴトとワタシ~私のキャリアノート~第3回 「コンプレックスだった「食」を克服したとき、仕事にしようと思った」村山 彩さん
シゴトとワタシ~私のキャリアノート~第3回 「コンプレックスだった「食」を克服したとき、仕事にしようと思った」村山 彩さん

2017/12/07

シゴトとワタシ~私のキャリアノート~第3回 「コンプレックスだった「食」を克服したとき、仕事にしようと思った」村山 彩さん

女性の人生は大人になるほど選択だらけ。シゴトを続ける、続けない。結婚をする、しない。出産をする、しない。
そして、生き生きとシゴトを語る人をみると「今のシゴトはワタシに合っているのかな…」と考え転職する、しない。
そんな選択を繰り返しながら、今、笑顔でシゴトを続けている女性たちにインタビュー。

第3回目は食欲コンサルタント、アスリートフードマイスターとして食事指導や生活習慣病のカウンセリングなどを行う村山彩さん。10代から食へのコンプレックスを持ち、20代でストレスと食生活の乱れから心身を壊すなどの経験を経て、今の仕事にたどりついたと言います。
コンプレックスを仕事にした村山さんのキャリアとは。

取材・文:中屋麻依子、撮影:曽我美芽(3、4カット目を除く)
  • ■プロフィール

    村山 彩(むらやまあや) 39歳

    食欲コンサルタント、アスリートフードマイスター。

    青山学院女子短期大学を卒業後、放送局で経理業務に約4年携わり、映像制作会社へ転職。しかし、激務と不摂生により体を壊し30歳で退職。その後、野菜ソムリエの資格を取得し、食の世界に目覚める。翌年、日本初のアスリートフードマイスターとなり、食と運動を習慣化させる方法をアドバイスしている。34歳でロバスト株式会社を立ち上げ、取締役に就任。現在はアスリートをはじめ、一般の人への食事指導からレシピ開発、講演会などで活躍。著書に『あなたは半年前に食べたものでできている』『やせる冷蔵庫』などがある。趣味はトライアスロン。夫、娘(1歳)の3人暮らし。

■ダイエットを繰り返し「食べること=悪」だと思っていた20代

  • ――まず、食欲コンサルタント、アスリートフードマイスターの仕事内容を教えてください。

    食欲コンサルタントは運動と食事を通して、健康に導くお手伝いをしています。その仕事の一環として、個人宅の冷蔵庫を拝見して配置方法をアドバイスして「やせる冷蔵庫」をつくる指導や、アスリートの身体づくりやパフォーマンス向上のための食事管理指導などもしています。

  • ――もともと料理をつくることや食に興味があったのですか?

    実は20代まで、食に対して悪いイメージしかなかったんです。

  • ――悪いとは?

    話はさかのぼりますが、高校生のとき、ダイエットに夢中になり「食事をする=太る=悪いもの」という概念がありました。校則が厳しい学校でオシャレができなかったため、痩せることが唯一、自分をキレイに見せる手段だと思っていたんです。でも、食事を摂らないなど、間違いだらけのダイエットばかりしていて、痩せてはリバウンドするの繰り返しでした。

  • ――高校生の頃は、間違ったダイエットをしがちですからね。

    高校生のときだけならまだいいんですけど、20代までずっと食に対する「悪者感」はぬぐえなかったですね。短大に入学してからは、とにかくアルバイトばかりしていました。朝はチラシ配りをして、昼は学校に近いファストフード店でバイトして、夜は塾講師。

  • ――1日に3つもアルバイトをかけもちしていたんですか!

    アルバイトは頑張れば頑張るほど時給が上がったりと、数字に如実に表れるのがすごく楽しくて。もともと数学が得意で、数値にわかりやすく反映されるものが好きなんですよ。そうすると目標も立てやすいですから。

■念願の制作会社へ転職。しかし激務とストレスで心身ともにボロボロに…

  • ――数学が好きだから、短大卒業後は放送局の経理部に入社したんですね。

    いえ、本当は制作がしたかったんです。とはいえ今振り返ると、華やかな世界で楽しそう、という感覚で憧れていて。でも、経理部に配属されて正直なところ「制作がやりたいな、ものが作りたいな」と悶々としていました。それで23歳のときに映像制作会社に転職しました。

  • ――念願の制作業務に携われて、嬉しかったのでは。

    これがまったく「甘くなかった」です。大きな会社ではなかったので、ディレクションから映像の編集、リリースまでを自分が担当して、常に締切に追われている状態。人が少ないので知識も十分ではないのに25歳でプロデューサーに昇進して、激務に拍車がかかりました。今でも、「あの締切が間に合わない!!」という夢を見るほどです(笑)。

  • ――それは相当ですね。この頃、村山さんの食生活はどうだったんですか?

    めちゃくちゃです。仕事仲間と朝の3~4時まで暴飲暴食して出勤するような生活。20代後半になってもダイエットの呪縛はつきまとっていて、暴飲暴食をした翌日はビールしか飲まなかったりと、相変わらず間違ったダイエットを繰り返していました。

  • そのうち、食事を受けつけなくなってしまい、不健康に痩せていったんです。抜け毛や肌荒れもひどく、最後にはメンタルにも支障をきたして病院に通うなど、仕事のストレス、暴飲暴食、間違ったダイエット、すべてが重なり心身ともに壊れてしまいました。

  • ――そんな負のスパイラルをどうやって断ち切ったんですか?

    当時付き合っていた、今の夫から「君の働き方はおかしいと思う。尊敬ができない」と言われてこのままだと本当に自分がダメになると気が付いたんです。心身ともにボロボロだった当時は、働き方を変えるよりも、辞めることしかできませんでした。そのタイミングで彼と結婚したんです。

■結婚をきっかけに食を見直したら、興味が湧いてきた

  • ――当然の判断だと思います。結婚されて、専業主婦になってから料理に興味が湧いたのでしょうか。

    仕事を辞めて、結婚してから必然的に料理をすることが多くなりましたが、独身時代、ほとんど料理をしていなかったので何から始めればいいかまったくわからない状態。そこで、初めて、食と向き合おうと思ったんです。夫に美味しい料理を作ることが最初の目的でしたが、先にも言いましたけど、私は目標を立てないと前進できないタイプ。だから、食の資格を取ることを目標にして、この際、しっかり食事のことを学ぼうと考えました。そこで、インターネットで「食 資格」と検索したら野菜ソムリエの資格がヒットしたんです。なんだか行き当たりばったりな感じですが(笑)。

  • ――物事を始めるきっかけは、それぐらいの軽い感覚でスタートすることが多いと思います。村山さんの場合、それが仕事になるまで広がった経緯が気になります。

    野菜ソムリエは勉強した後、その結果がすぐに反映できるのがおもしろかったんです。たとえばトマトの品種を習ったら、スーパーでその品種が販売されていて、自宅ですぐに調理することができる。わかりやすい結果が好きな自分にとって、アウトプットがすぐできることがモチベーションになりました。

  • 具体的に仕事になったのは、野菜ソムリエ協会の方から「講習を開いてみない?」と声をかけていただき、講座を開くようになったこと。最初は協会内での講座がメインでしたが、当時、食の現場で働きたいと思ってイタリア料理店でアルバイトをしていたんです。そこでも野菜ソムリエの資格があると知ったスタッフから「ウチでも講座をやってよ」と話がきて、少しずつ広がっていきました。

  • ――食を悪だと思っていたのに、それが仕事になってしまうなんて人生はおもしろいですよね。

    本当に。悪だと思っていたものが、きちんと勉強をすると良いものに変わっていくことを知って、これまでのコンプレックスが克服できたんです。だからこそ、自分の経験を人に伝えたいと思うようになりました。教えるなんて大それたものではなく、「シェアする」感覚で、自分が発信した情報を実践した人が少しでもいい方向にいけたら嬉しいなと。そんな思いで食の仕事を始めるようになったんです。

■仕事もプライベートも結果がすぐ見えるものにモチベーションを感じる

  • ――それは村山さんが嫌だった食ときちんと向き合ったからこそ、克服できたんでしょうね。その後、アスリートフードマイスターの資格を取得されましたが、その理由は?

    会社を辞めてから時間ができたので、夫の趣味だったトライアスロンに誘われたんです。運動なんてまともにやっていなかったので「絶対に無理!」と思ったのですが、これも自分を立て直すきっかけかな、と考え直してトライアスロンを始めました。いざやってみたら、タイムをあげていくのが楽しくなって、見事にハマりましたね。

  • ――村山さんは目に見えて結果が出るものに、楽しさを感じる傾向があるんでしょうね。

    まさにそうです。自分がトライアスロンをやるようになって、タイムをあげるためにどんな食生活をすればいいかをすごく考えるようになりました。そんなとき、アスリートフードマイスターという資格ができて、自分の考えと合致していたため勉強したんです。アスリートフードマイスターという肩書が目新しかったこともあり、講演依頼や、企業からレシピ開発の依頼があるなど仕事の幅が広がりました。その中でも一番、印象深かったのは書籍を出版したことです。

■仕事に問題はつきもの。それを軌道修正しながら少しずつ進んでいる

  • ――書籍を出版して反響はいかがでしたか?

    良いも悪いも両方ありました。ネットでいろいろネガティブなことを書かれたり、その内容を身近な人から聞いたり。でも、幅が広がったことで、いろいろな人に出会えるなど、良いこともたくさんありました。仕事って、いいこともあれば悪いこともある。仕事になればなるほど、楽しいだけじゃできないですから。

  • ――本当にそう思います。好きなことが仕事になってしまって、大きなジレンマを抱えることもありますし。

    私が今、まさにその状態です。人前に立つことが多くなって「きちんとしなくては」という気持ちが心を占拠してしまい、悩むことが増えてきて。たとえば、講演会で「どんな質問をされるんだろう」と考えすぎて、ガードを堅くして自分らしく話ができないこともあったり。もともと私は自分が経験したことをシェアする感覚でこの仕事を始めたのに「常に正しい食生活を指導する先生」のような立ち位置になってきて「もっとフランクにいいことを伝えたいだけなのに」とジレンマを抱えています。だから、娘を見ていると、ありのままでいいな、なんて考えたり(笑)。

  • ――子どもを産むタイミングは考えていましたか?

    30歳で結婚をして、子どもは欲しいと思っていましたけど、どこかぼんやり「いつでもできるだろう」と考えていました。20代の頃より健康になっていたし「私は元気だから、いつでも産める」と思っていたんですね。でも、なかなか思うようにはいかず、不妊治療に専念することをすすめられて。体力がある、日々、元気がある、と妊娠はまた別のものでした。そこで、2年ほどトライアスロンもやめて、治療に専念し38歳で娘を出産しました。

  • 自分はどこまでも行き当たりばったりだなと反省しました。子どもが欲しいならば、自分を過信せずにきちんと向き合わないといけないのだと。30代後半になっても、先手を打つ行動ができない自分に呆れます。

  • ――でも、村山さんは壁にぶつかってから自分を軌道修正する行動力がすごいですよね。

    普通はぶつかる前に回避できることも、ぶつからないと気が付けない回り道人生なので、ぶつかったらダッシュしないと追いつけないんですよ。

  • そして今、先程言った仕事に対するジレンマが増えてきているので、ここでもう一度、自分の仕事と向き合うタイミングかなと考えています。きっと、新しい問題が出てきては、少しずつ自分にとっていい方向に軌道修正していくことの繰り返しが、人生なのかなと思いますね。

■ワタシのシゴト道具

  • パーソナル指導の一環である冷蔵庫チェックの際に必要な道具。右奥から冷蔵庫内やキッチン周りを掃除する除菌スプレー、重曹、オキシクリーン。手前右から食品をまとめる食品パック、雑巾、冷蔵庫内の食材の中身と賞味期限を記載するマスキングテープとペン。この道具で、これまで多くの冷蔵庫を「やせる冷蔵庫」に変えてきた。

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